子どもの「ひま」が才能を育てる? 忙しすぎる子ども時代を考える
更新日: 2026.04.22
投稿日: 2026.04.24
「最近の子どもは忙しすぎる」。
そんな声を、保護者同士の会話や教育現場でよく耳にします。
園・学校が終われば習い事や塾へ。
帰宅後はタブレットやゲーム、動画視聴。
気がつけば一日が予定で埋まり、「何もすることがない時間」がほとんどなかった、ということもあるのではないでしょうか。
一見すると、さまざまな経験を積んでいるようにも見えます。
しかし、その一方で見落とされがちなのが、「ひまな時間」が子どもにもたらす価値です。
心理学の分野では、「退屈(boredom)」は単なるネガティブな状態ではなく、創造性や主体性を育てる重要なきっかけになると考えられています。
子どもにとって「ひま」は本当に必要なのでしょうか。
忙しすぎる現代の子ども時代を見つめ直してみましょう。
子どもの「ひま」が減っている?

かつての子どもたちには、「何をしていいかわからない時間」が当たり前に存在していました。
何をしていいかわからないから、とりあえず放課後に公園へ行き、何となく友達と遊び始める。
あるいは、家の中でぼんやりと過ごしながら、ふと思いついたことを試してみる。
そこには、あらかじめ用意されたプログラムはなく、自分で時間を埋めていく自由がありました。
しかし現在はどうでしょうか。
「空いた時間を無駄にしたくない」「わが子に何か身につけさせたい」という思いから、子どものスケジュールは保護者主導で細かく組まれがちです。
さらに、デジタル機器の普及によって、「ひまを感じる余地」そのものが減っています。
少しでも手持ち無沙汰になると、すぐに動画やゲームで時間を埋めることができるからです。
結果として、子どもは「ひまを感じる経験」そのものをしないまま育っているとも言えるでしょう。
「ひま」は悪いものではない
私たちはつい、「ひま=退屈=よくない状態」と捉えがちです。
何もしていない時間は無駄で、できるだけ埋めるべきものだと感じてしまいます。
しかし心理学の分野では、退屈はむしろ「次に何かを生み出すためのサイン」とも考えられています。
退屈とは、「やることがない状態」ではなく、「今の状態では満たされていない」という心からのサインです。
だからこそ、人は自然と「何かしたい」「別のことを試したい」と動き始めます。
たとえば、習い事のあとにぽっかり時間が空いたとき。
すぐに次の予定があればそのまま流れていきますが、何もなければ子どもは「どうしよう」と考えます。その時間の中で、「さっきの練習、もう一回やってみようかな」「あの技、違うやり方でできないかな」など、自分なりに試し始めることがあります。
ここに、退屈の大きな価値があります。
誰かに言われたからではなく、自分の内側から生まれた「やってみたい」で動く。
この経験は、与えられたメニューをこなすだけでは育ちにくい主体性につながります。
また、退屈な時間には「すぐに答えがない」からこそ、試行錯誤が生まれます。
うまくいかなくても繰り返す中で、工夫する力や粘り強さが育っていきます。
一方で、退屈を感じた瞬間にゲームや動画で埋めてしまうと、このプロセスは起こりにくくなります。
刺激は得られても、「自分で生み出す経験」にはつながりにくいのです。
退屈とは、「何もない時間」ではありません。
それは、「次の一歩が生まれる直前の時間」です。
その余白を持てるかどうかが、子どもの主体性や創造性に、静かに大きな差を生んでいくと考えても良いでしょう。
「ひま時間」で育つ3つの力
では、具体的に「ひまな時間」は子どもにどのような力を育てるのでしょうか。
大きく3つの視点から考えてみましょう。
創造力(クリエイティビティ)
何も与えられていない状況では、子どもは自分で遊びや活動を生み出す必要があります。
ここで問われるのは、「何をするか」そのものを考える力です。
たとえば、ボールひとつあれば、ただ投げるだけでなく、的当てにしたり、ルールを変えてゲームにしたりと、遊び方はいくらでも広がります。
身近なものを組み合わせたり、空想の世界を重ねたりする中で、「こうしたら面白いかも」という発想が生まれていきます。
こうした経験は、正解のある課題をこなすだけではなかなか育ちません。
自分で問いを立て、自分なりの答えをつくる——その繰り返しが、柔軟な思考や発想力の土台になります。
主体性(自分で決める力)
「何をするか」を自分で決める経験は、主体性の基盤になります。
予定があらかじめ決まっている生活では、子どもは「選ぶ」機会をあまり持てません。
言われたことをきちんとこなす力は育っても、「自分はどうしたいのか」を考える機会は限られてしまいます。
ひまな時間は、その貴重な「余白」です。
何をするか迷い、時には何も思いつかずに過ごす時間も含めて、「自分の意思で選ぶ」経験になります。
たとえば、休日の午後に予定が空いているとき。
「外で遊ぶか」「家で何かを作るか」「あえて何もしないで過ごすか」といった時間の使い方を、自分で選ぶ場面があります。
すぐに正解が出ない中で自分なりに考え、「今日はこれをやってみよう」と決める。
このプロセスそのものが、「自分で決める」という経験になります。
この感覚は、やがて学びや進路など、より大きな選択をするときの土台になっていきます。
感情の調整力(自己コントロール)
「ひま」は、ある意味で「不快な状態」です。だからこそ、
それをどう乗り越えるかという経験が、感情のコントロール力を育てます。
ひまな時間の中で、子どもは「つまらない」「何かしたい」という気持ちと向き合います。
そのとき、外から刺激を与えられるのではなく、自分で状況を変えようとする環境が大切です。
また、すぐにうまくいかない経験も含めて、「どうすれば少し楽しくなるか」を試行錯誤することが、粘り強さやストレスへの耐性を育てていきます。
すぐに満たされない時間があるからこそ、感情を調整していく力が育つ。
ここにも、ひまな時間の大きな意味があります。
忙しすぎるスケジュールの落とし穴

もちろん、習い事や学びの機会そのものが悪いわけではありません。
問題なのは、「余白がまったくない状態」です。
予定が詰まりすぎていると、子どもは次のような状態に陥りやすくなります。
・「やらされ感」が強くなる。
・疲労が蓄積し、意欲が低下する。
・自分の興味や関心に気づきにくくなる。
さらに、スケジュールが埋まっている安心感の裏で、「何もしない時間への不安」を感じる子どももいます。
これは、大人にも通じる感覚かもしれません。
予定がないと落ち着かない、何かしていないと不安になる——そうした状態は、本来の意味での「主体的な生き方」とは少し距離があります。
家庭でできる「余白」のつくり方

では、子どもにとって有意義な「ひまな時間」をどのように確保すればよいのでしょうか。
実践のヒントをいくつか紹介します。
あえて予定を入れない日をつくる
週に1日、あるいは月に数日でもよいので、「何も予定を入れない日」を意識的につくります。
ポイントは、「何をしてもいいし、何もしなくてもいい」と伝えることです。
すぐに予定で埋めない
子どもが「ひま」と言ってきたとき、親はつい「じゃあ、⚫️⚫️する?」などと何かを提案したくなりがちです。
しかし、すぐに解決しようとせず、「どうする?」と問い返しょう。
子どもが自分で考える余地を残すことが大切です。
デジタル機器の使い方を見直す
デジタル機器は便利ですが、「ひまを感じる時間」を奪いやすい側面もあります。
完全に排除する必要はありませんが、使う時間やタイミングを見直すことで、自然な余白が生まれます。
「ぼーっとする時間」を肯定する
何もしていないように見える時間も、子どもにとっては大切なプロセスです。
その価値を大人が理解し、「それでいい」と認めることが、安心して余白時間を過ごす土台になります。
「ひま」は未来への投資

効率や成果が求められる時代だからこそ、「何も生み出していないように見える時間」は軽視されがちです。
しかし、その静かな時間の中で、子どもは自分自身と向き合い、考え、試し、時には失敗しながら成長していきます。
「ひま」は無駄ではありません。
むしろ、見えないところで力を育てる、大切な土壌と言えるでしょう。
予定をたくさん入れることが、子どもの力を伸ばすとは限りません。
むしろ、あえて「何もしない時間」や「自分で過ごし方を決める時間」を残すことが、子どもの内側にある力を引き出すことにつながります。
習い事や学びの機会に加えて、「どう過ごすかを自分で選べる時間」を日常の中に少し残しておく。
その積み重ねが、考える力や主体性を育てていきます。
余白をつくることは、何もしないことではなく、子どもが自分で動き出すための土台を整えること。
それもまた、子どもの未来を支える大切な関わり方の一つと言えるでしょう。
・「ひまな時間」は「次の一歩が生まれる直前の時間」。
・忙しすぎる子どもは主体的な生き方から遠ざかりがち。
・「ひま」を無駄な時間をとらえず、あえて余白を作ることを大切に。
参考文献)
「子どもたちの放課後が激変している…専門家が危惧する、“余白の時間”のなさが子どもに与える悪影響」(出典:with online)
「放課後に“余白”を残す意味——無駄のように見える時間が子どもの自己肯定感の芽を育む」(出典:現代ビジネス)
「想像力を伸ばすには、余裕・余白を持つこと ボーク重子さんに聞く!これからの子どもを幸せにする非認知能力の育み方 ~Lesson11 想像力」
(出典:ベネッセ教育情報)











専門家コメント
フリーライター・エディターとして、育児、教育、暮らし、PTAの分野で取材、執筆活動を行っています。息子が所属していたスポーツ少年団(サッカー)では保護者代表をつとめ、子ども時代に親子でスポーツに関わることの大切さを実感しました。PTA活動にも数多く携わり、その経験をもとに『PTA広報誌づくりがウソのように楽しくラクになる本 』(厚有出版)などの著作もあります。「All About」子育て・PTA情報ガイド。2 児の母。