「スポーツの力は『人の力』」- 有森裕子さんから子どもと保護者へのメッセージ

2023.08.18

第2回は、有森さんの現役時代の経験を踏まえ、現在スポーツを頑張る子どもたち、またその子どもを支える保護者の方々にさまざまなメッセージをいただきます。

― スポーツが子どもにもたらす効果については、どのようにお考えですか。

有森 まずスポーツには守るべきルールがあって、うまくなるには練習もしなければいけないし、健康でなければ続けられない。仲間とコミュニケーションを取り、チームワークも必要になってきます。そして当たり前ですが勝ち負けがあり、試合相手や競争相手へのリスペクトの気持ちも大切です。

つまり人が生きていく上で必要なものが、すべて詰まっているのがスポーツですよね。

ここで勘違いしてはいけないのは、人として、社会の一員として生きていくための力を養うのが「スポーツ」であり、あくまでも手段のひとつ。「スポーツのためのスポーツ」は成り立たないと思うんです。

―― スポーツありきではなく、「人ありき」だと。

有森 よく「スポーツの力」という言葉が使われますよね。2021年の東京オリンピック・パラリンピック開催時に、私はこの言葉を改めてよく考えてみたんです。

人間には生きようとする力があって、スポーツにはそれを助ける力がある。でも大切なのは、やっぱり「人」。スポーツが面白いのは、人が一生懸命やるから面白いのであって、スポーツそのものに力がある訳ではないと思うんです。

社会に送り出す人材をスポーツを通して育てているという意識を、指導者も保護者も常に持ち、その責任を心に留めておかなければいけません。

― スポーツを教える立場として、身が引き締まります。

有森 今はソーシャルインクルージョンやジェンダーレス、共生社会、SDGsと声高に叫ばれています。私も知的障害者を中心にしたスペシャルオリンピックス日本の活動をしています。

私自身、スポーツを通じて出会いや機会をもらって、ここまでやってきました。世の中にはさまざまな人がいて、違いがあっても、機会さえあれば可能性を広げていくことができる。その機会をもらう権利はすべての人にあります。

「スポーツ」という言葉を借りた傲慢さや勘違いが生まれやすくなっている今、あらゆる人の可能性を伸ばし、社会と共にある「スポーツ」の本領を発揮する時だと思います。

― ご自身のご経験から、スポーツをしている子どもを保護者はどうサポートするのがいいのかアドバイスいただけますか。

有森 基本的に保護者は見守りに徹して、ある程度、子どもや指導者に任せるのがベストではないでしょうか。悩みがありそうだとか、何か相談してきたら真摯に聞いてあげるのが一番かなと。

私が先日聞いた子育て論では、子どもが幼い頃は親が給油タンクのように、後ろをついて行きながらエネルギー補給をしてあげるのがいい。けれどある年齢以上になったら、子どもが来るのを待つガソリンスタンドになれという話がありました。とてもわかりやすく、いい例えですよね。

子どもが悩みを話したり、何か言い出すまでは親御さんには待ってほしい。
待つことは辛くて、大変だと思うんです。私は子どもがいないので親として待つ辛さはわかりませんが、スポーツをやってきた人間としてサポートされた経験はあります。

「待つこと」は「信じること」。子どもを信じて、任せることも大切だと思います。

― 有森さんの陸上に関してご両親は?

有森 ほとんど口を出しませんでした。本格的にレース観戦に来てくれたのも、社会人1年目の大阪国際女子マラソンが初めて。自分で決めて進んだ道だったので、それが当たり前だと思っていました。

よく市民マラソンなどで、親子がペアで走る親子ランがあるでしょう。時々、ペースの早い親が手を引っ張って、子どもが斜めになって走っている場面などを見かけます。子どものペースを見ながら伴走すれば、親子で楽しく走れるのにと残念に思うこともあります。

― 有森さんも参加された「キッズ・スポーツ体験キャンプ」は、小学生が子どもだけで参加する形式ですね。

有森 小学校1〜2年生だと夜になると泣き始めたり、「もう帰る」とか言い出してね。「じゃあ家に電話するよ!」と言うと「やっぱり帰らん」(笑)…子どもは面白いです。

キャンプ中は、スポーツ指導はもちろん、食事や生活全般についても細かく話をします。例えば「なぜその食材が健康にいいのか」「バランスのよい食事にはどんな効果があるのか」をわかりやすく説明するので、子どもたちは苦手なものも納得して食べるようになります。

保護者から離れてスポーツに取り組むことで、諦めることを学んだり、好き嫌いがなくなったり、子どもの成長・変化も醍醐味の一つです。

― 子どもでも「理由」がわかれば「行動」が変わるということですね。

有森 例えば靴のかかと踏んでいる子には、それをダイレクトに注意するのではなく、「人の足で一番大事な部分はわかる?」と質問する。大事なアキレス腱を守るのは、「靴のかかと」であることを伝えるんです。

だからかかとを踏まれた靴は「死んでいる靴」だと。死んだ靴は役に立たないから、「私が責任を持って明日お墓に入れるわ」と話すと、面白いことに翌日からかかとを踏む子はいなくなります。

― つい保護者は「ダメでしょ」「やめなさい」と言ってしまいます…。
有森 親御さんは日々の生活のサポートや子育てに手一杯で、かかとを踏んではいけない理由まで教えられないですよ。学校は勉強や集団生活を学ぶ場所ですし、これは私たち競技者やスポーツ指導者の役割だと思います。スポーツ教室や習い事の場で、指導者やコーチから学ぶことがあってもいいですよね。

学校・保護者・地域・習い事と、それぞれがすべき仕事をして、役割分担をしながら皆で子育てをするのが理想です。私たちスポーツの競技者も、スポーツの側面から子どもたちに大切なことを伝えるインフルエンサーとして役割を果たすべきです。

これらの連携を推奨し、コラボレーションを実現しようとしているのがリーフラスだと思います。

― アスリートにも大事な役割があるということですね。

有森 スポーツは、人が社会で生きるための育ちの場でもあります。

今は人と関わるのが苦手な子、コミュニケーションを取るのが「面倒臭い」という子も増えていますよね。「さぁ話してごらん」「友だちを作って」と言われると困りますが、スポーツに取り組むうちに仲良くなったり、一緒に辛い練習を乗り越えることで絆が生まれたり、スポーツには人と人とをつなぐ力があります。

スポーツを通じて教えられること、伝えられることは少なくない。その大きな役割をスポーツは担っていると感じます。

― スポーツをしている子は挫折も経験します。それに対し保護者ができることはあるでしょうか。

有森子どもが親にどう気持ちを投げてくるか…子どもの様子をよく見た方がいいですね。子どもができなかったことではなく、「何ができたか」を聞いて「次、頑張ろう」くらいしか伝えることはないと思います。

一番大切なのは、保護者も一緒にネガティブになってしまわないこと。「あそこは◯◯したほうがよかった」「ここを直そう」と親が言っても、落ち込んでいる子どもの耳には入りません。子どもが泣いていたら一緒に泣いて、話をしてきたら聞いてあげる。それで十分ではないでしょうか。

「何かしてあげよう」と思わずに、親は親で自分がやるべきことに真剣に取り組む姿を見せる方が、子どもには力になると思います。

― 子どもが落ち込んでいると、保護者は何かできないかと思ってしまいます。

有森 子どもの学校の運動会で、一番子どもが喜ぶ種目は「親の徒競走」でしょう?
それは日頃立派だと思っている親たちが、転んだり、ヒーヒー言いながら懸命に走る姿から、勇気がもらえるからだと思います。

いつも素敵でかっこいい親の姿ばかりを見せられると、子どもは苦しくなるかもしれません。かっこ悪くても、ダメな部分を正直に見せてもらう方が、子どもは励まされ前に進む力にできるのではないでしょうか。

次回は、有森さんが陸上を通じて経験されたことを現在どのように活かしていらっしゃるのか、スポーツへの関わりについてお伺いします。

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